視点の統一がされていない小説で読者を置いてきぼりにしてませんか?

私の「ネット小説」はたくさんのカメラをいろいろな方向から回しています・・・

・・・だから、視点がコロコロ変わるので見ている人は目が回ります・・・トホホ・・・

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今回は小説の視点のお話です

いろいろな「小説の書き方本」で説明もされていますし、多数の説明がネットでもされていますので、何を今更という感じですが書かせて下さい。

私の書いている「ネット小説」はこれでもか!!というぐらいに視点が動きますので、読者がついて来れません!

そして現在、読んでいる「小説の書き方本」が「視点」について大変分かりやすく説明してくれていましたので、復習と忘備録を兼ねてここに記します。

目次
(1)視点とは?
(2)一人称
(3)三人称
視点とは?

小説で言う視点とは、分かりやすく言うと「カメラの位置」の事です。お話を書き進めていくにあたり、語り手はどこから見ているのか?それが視点です。

視点はまず、大まかに分けて「一人称」、「二人称」、「三人称」に分ける事が出来ます。

「二人称」は無かった事にします(かなりイレギュラーなので・・・)。

・一人称・・・私、僕、俺など
・三人称・・・彼、彼女、ジェニー、アルバートなど

一人称

「私は」「僕は」など、登場人物の一人が一人称で物語を語るスタイルです。

この場合、カメラは「私」「僕」の目の前にあります。常に「私」「僕」がビデオカメラを構えて、レンズから見える事を物語として語っていきます。最もブレがありません。

一人称の注意点

常に「私」「僕」がカメラを構えて、そこから覗いた内容しか分からない訳ですから、逆に「僕」や「私」が不在の場所や時間の出来事は、誰かに聞くなどの「伝聞」の形でしか書けません。

また、語り手(カメラを構えた)本人の心の中は分かりますが、他人が心の中で考えていることは推測しか出来ません。「〜と思っただろう。〜らしい。〜かもしれない」と書けるだけです。

三人称

「私」「僕」を用いずに、登場人物を「彼」「彼女」「ジェニー」「シェーン」と呼んで物語を進めていくスタイルです。

小説のごく普通のスタイルです。

しかし、この三人称の小説にはさらに二つの種類があります。

三人称の二つの種類

(あ)頭越しのカメラ

ある特定の登場人物(主人公もしくはそれ以外)の頭の真後ろにカメラがあって、常にそこから覗いた見た目で物語を進めるスタイルです。

(い)どの登場人物からも離れたカメラ

舞台を観客席から観るのと同じです。

そして問題は・・・ひとつの作品の中で、この二つの視点を混ぜてはいけないことです!

これを「視点の統一」と言うそうです。(例外もあるらしいですが)

なぜ統一しなければいけないのか?視点がコロコロ変わると、読み手が混乱するからです。

(あ)と(い)では何が違うのでしょう?

心の中

(あ)は基本的に一人称と同じです。だから頭越しのにカメラを構えた人物以外の登場人物が心の中で考えた事は推測しか出来ません。「〜だろう。〜らしい。〜かもしれない」としか書けません。

(い)は「彼はこう思った」「ジェニーはこう考えた」と全ての登場人物の心の中について「断言」が出来ます。これを神の視点といいます。

移動

(あ)は「シェーンがジェニーに近づいて来た」と書けますが、(い)は同じように書けません。観客席から見ているのに「近づいて来た」と書くのはおかしいからです。

(い)の場合は「シェーンがジェニーに近づいた」と書かなければいけません。

受け渡し

(あ)の場合「ジェニーはシヴァに剣を渡された」と書けますが(い)は、あまり「渡された」とは書けません。

勝手な結論

難しいです。これを踏まえて、自分の書いた「ネット小説」を読み返すと・・・もう手のつけようがありませんでした。

内容はファンタジー系の海賊モノなのですが、一対一の戦闘中などは視点がお互いを行ったり来たりします。最悪です。

気持ち的には戦っている二人の心理を順番に書きたかっただけなのですが、この場合は三人称の神の視点を使わなければいけなかったようです。

皆さんは、カメラ位置がコロコロ変わって、読者が困惑することのないようお気をつけ下さい。

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